スタンプクラブのころ
まだ、クラスに1~2名くらいは切手少年(少女)がいた時代です。
切手に興味を持ったきっかけは、コロタン文庫「切手全百科」という本。
たしか、水疱瘡か何かにかかって遠足を休んだ日、その本を熟読したことが始まりでした。
それ以来、それはもう両親が心配するくらい切手のことばかり考えている毎日。熱中しだすとそのことしか考えられない癖はそのころからなのですね。
やがてそれが高じて「スタンプクラブ」というジュニア(小中高生)向け切手雑誌の編集委員というのに応募したところ、見事採用されたのです。小学4年のことでした。
編集会議は、新宿にあった郵趣会館の会議室でやっていました。編集委員は私のような小学生が数名と、中学生、高校生までの10名くらいいたでしょうか。
もちろん、実質的には中高生のお兄さん方が仕切っていて、私はほとんど話を聞いているだけでしたが。
たまに、日本郵趣界の超重鎮、水原明窓氏がやってきて、ありがたい話をしてくださることも(先生と呼ばれていたような)。
夏休みのJUNEX(全国ジュニア切手展)やJAPEX(全日本切手展)のときには、実行委員として会場の設営やブースの運営なども担当します。展示フレームにアルバムを貼ったりする作業は、けっこう楽しみでした。
1度だけ、記事を書く担当が回ってきたことがありましたが、所詮小学生の文章など商業雑誌に載せるのは無理があります(しかも当時の私は、作文が大の苦手だったのです)。
刷り上がった誌面を見ると、原型をとどめないくらい書き直されていたのは、幼心にちょっと口惜しかった(笑)。
そのうち風景印も集めるようになって、都内の郵便局を巡ったり、郵趣会館にあった切手店で小遣いはたいて購入したりしてました。
そんな熱も、中学で吹奏楽部に入るとやがてフェードアウト。たしか中学1年で編集委員は辞めたと記憶しています。
あれから25年。
風景印をきっかけに郵趣熱が突如として復活したわけですが、その間に郵便を巡る環境は一変していました。
何しろ郵政省も大蔵省印刷局も、過去のものになっていたのですから。
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